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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)189号 決定 1974年6月13日

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人らが共同して金一〇〇万円の保証を七日以内に立てることを条件として相手方らは別紙物件目録(一)記載の土地上に建築中の建物について、四階以上の部分の建築工事を中止すべし。

抗告人らのその余の申請を却下する。

理由

抗告人ら代理人は主文第一、二項(但し立保証の部分を除く)と同旨および相手方らは右建物の柱又は外壁を抗告人赤川秋子、同関向勇治郎各所有土地の境界線より五〇センチメートル以上離さなければならず、その距離が五〇センチメートルに満たない部分(柱又は壁)を取りこわさなければならない。申立費用は相手方らの負担とする。」旨の仮処分を求め、相手方代理人は抗告棄却の決定を求めた。

当裁判所の判断

一およそ日照・通風・採光等の諸生活利益の侵害においてその被害利益の性質被害の態容、程度などの事情を総合して社会通念上被告がその被害を受忍すべき限度を超えている場合であつて、単なる金銭賠償ではその被害を救済することができないときは直接侵害者に対してその妨害の排除を求めうるものというべく、右の程度に必らずしも十分に及ばない場合であつても侵害の方法、性質、目的や双方の利害得失などを総合判断して、相手方の行為が権利濫用にあたると目されるような場合には、これに準じて妨害排除の請求も許されると解するのが相当である。

二そこで疏明資料に基いて右の見地から本件申立の当否を按ずるに、(以下事実に関する部分について、いちいち疏明資料による旨をことわらない)、本件土地(別紙物件目録(一)の土地で本件相手方ら建築中の本件建物敷地)は、国鉄常磐線北小金駅より南東方向約七〇〇メートルの位置にあり、本件土地の南西側は巾約一二メートル(両側に各二メートルの歩道があり、将来は一六メートルに拡巾予定)に面し、本件土地の周辺には抗告人ら所有の同目録に各記載の土地がありその周囲を公道がとりかこみ、全体でほぼ三角形をなす一画の住宅地で、附近にはまだ多分に畑・山林その他の空地があり、本件土地南方約一五〇メートル離れて小規模な六階建マンションがあるほか三階建以上の堅固建物は存せず、都市計画法上の用途地域指定も住居地域であり、建ぺい率は六割、昭和四八年一二月二八日からのあらたな指定による容積率は二〇〇パーセントとなつており、全体として日光と空気に恵まれ、比較的閑静な住宅地である。抗告人赤川、同斉藤、同久保田、同浜中らはいずれも昭和四八年三月から七月にかけて建売住宅を購入したもので、その他の抗告人らと共に本件土地を含むこの一画にある建物はすべて木造二階建建物で、ここに居住している。

相手方石井徳行は本件土地一六七、九平方メートル上にほとんど敷地一杯に本件建物である高さ一四、八五メートルの五階建マンション(一階事務所、二階以上賃貸住宅)の新築を計画し、相手方高砂建設株式会社に本件建物の建築工事を請負わせ、昭和四八年一一月三〇日これに着工し、昭和四九年五月末ころは三階部分まで外壁を完成し、四階部分は原決定の趣旨に従つて、設計変更許可をえて柱をけづり、鉄筋を組み終つている状況である。

当事者双方の使用土地、建物の相互の位置関係はほぼ別紙配置図のとおりである。

三以下抗告人各自に対する関係において本件建物建築工事の影響について判断する。

1  本件建物と抗告人赤川の建物とは最短距離において約四メートル、地境から約二〇センチメートルしか離れていず、四階部分からは至近距離において赤川宅を見下しうる関係にあり、赤川宅からみると本件建物は覆いかぶさるように南東の天空にそびえ立ち、そのため抗告人赤川としては当然日照、眺望を妨げられることは勿論であり、その程度は日照については、冬至において午前八時ごろから本件建物の日蔭内に入りはじめ、午前九時ごろには半分、午前一〇時すぎには全体が日蔭に入り、正午以降北西部分から徐々に日照が回復し、午後一時ごろには半分、午後二時ごろにようやく全体が日蔭の外に出、春分、秋分時においてもこの状況は格別の差異はない。従つて同抗告人は従来ここで営んで来た快適な日常を期待できなくなり、著しく私生活の静穏を脅やかされ、常時高所から監視されるような不快感を抱かざるをえないであろうことは容易に推認しうるところである。もし本件建物を三階建とした場合には冬至における日照は五階建の場合と格別の差はないが、春分、秋分時においては相当緩和され、特に三階南側開口部においては日中四時間の日照が確保されるとともに眺望その他においてもかなりの改善が期待できる関係にあることが認められる。

2  次にこれを抗告人関向についてみれば、本件建物は至近距離において地境から約一二センチメートルに、建物からは一メートルに足らずしか離れていず、本件建物に面する関向宅西側開口部は昼なお暗く、通風、採光に多大の影響を蒙つていることが疏明される。もつとも日照阻害はその位置からして軽微で私生活の静穏を脅かされる程度は前記赤川程ではない。

しかしなお、全体として本件建物による影響は免れず、これをもし三階建にすればその程度はある程度緩和されることが推認される。

3  その他の抗告人らのうち抗告人斉藤康弘の居宅は本件建物から約一二メートル離れており、日照の関係では冬至において午前一〇時すぎからその一部が本件建物の日蔭内に入りはじめ、午前一一時に約半分、正午ごろ全体が日蔭に入り、午後〇時半ごろから日照が回復しはじめ午後二時には全体が日蔭外に出るはずであるが、これに抗告人赤川の建物による障害が複合し、冬至においては午後の日照は期待できないこととなる。また抗告人久保田倖左の建物は約一四メートル離れており、日照は冬至において午前九時ごろから一部が日蔭に入り、一〇時には全体が入り、一一時すぎから徐々に回復し、正午すぎには完全に日蔭の外に出る。抗告人浜中力の建物は冬至において午前八時ごろから午前一一時ごろまで、抗告人今川弘造の建物は日の出から午前九時ごろまで、抗告人根本昌平の建物は日の出から午前一一時ごろまで、抗告人鳥海恵美子については午後〇時半ごろから日没までその建物の一部が、アパートの庭は全部日照を阻害される。以上の各人についても程度の差こそあれ、同じようにその他通風、眺望、私生活などについても被害を蒙るであろうことが疏明される。

四ところで本件土地は相手方石井が代表取締役となつている件外東和産業株式会社が昭和四七年一二月二三日これを買得したものであつて、相手方石井は本件建物の施工主であり、右会社が本件土地を取得した当時抗告人赤川、斉藤、久保田らの建物(いずれも建売住宅)は建てられておらず、(抗告人赤川は昭和四八年七月二七日、同斉藤は同年四月三日同久保田は同年五月一一日、同浜中は同年三月一七日いずれも建売住宅を買い入れたもの、その他の抗告人らはそれぞれ以前から家屋を建築所有しているものである)盛土されて宅地として造成されていたに止つていたころ本件建物の設計を依頼したものであるが、昭和四八年一二月二八日以降工事を行うとすれば前記のように容積率二〇〇パーセントであるため本件程度の床面積のビルでは三階建しか建てられなくなるのを免れるため、同年五月二五日建築確認通知を得た上、同年一一月三〇日すでに本件抗告人らの建物で三方を囲まれ、わずかに南西部において公道に接する形状で残つていた本件土地にあたかも割込む如くにして敷地一杯を覆つて五階建のマンションを建設すべく抗告人ら付近住民にとつては全く突然に抗打ちをはじめて本件工事に着手した。そこで抗告人らは五階建マンションを建てるというので前記のごとき生活侵害を憂え、施工主と交渉話合いしようとしたが相手方石井はこれを避け応じようともせず、抗告人らはついに所轄松戸市の斡旋を依頼したが、この席にも右石井は出頭せず、工事を強行するに至つたので、抗告人らは本件申立に及んだものである。

さらに本件建物は抗告人赤川所有宅地との地境において約一七センチメートル、同関向との間において約一二センチメートルの間隔しかおかずに建築され、すでにこの点で民法二三四条一項に違反しているもので、該敷地ぎりぎりの地境にコンクリートの柱打込工事などを施工したため、相手方関向などは裏戸の開閉出入に困難を来たし、下水の排水を逆流するなどの事態を生じているなどの事実がうかがわれる。

五以上認定の事実に基いて検討するに本件建築は前記のような日照、通風、眺望、私生活の面における抗告人ら多数のものに対する生活利益を侵害するものであり、これを総合して考察すると、少くとも本件建物については三階を超える建築は抗告人赤川にとつて受忍限度を超えるものであり、その余の抗告人にとつてもこれに準ずるといいうるものであり、相手方らの本件建物はその用途において一階事務室二階以上賃貸住宅であつて必らずしも公共性の高いものということはできないものであつてその建築工事は、その行使すべき権利の内容においても、その権利行使の方法においても、正当な範囲を逸脱し結局権利の濫用と称しても言い過ぎではない。もつともこの場合形式的には土地所有権は訴外会社にあり、施工主は相手方石井工事施工者は相手方会社であるが、石井は訴外会社の代表者の関係にある点を考慮すると、実質的には両者は一体の関係にあるものともいえるから土地所有権の濫用ともいえるが、法律的には石井が訴外会社から土地使用権を得て建築していることになるが、その土地使用権の濫用ということになる。このことはその建築が建築基準法等行政法規に違反しないということで結論を異にするものではない。そして前記のごとき抗告人らの蒙る生活利益の侵害は単に金銭による損害賠償ではこれを救済しえず、本件建築が相手方らの予定する如く完成してしまつてはこれが回復はさらに困難となることは自明である。

六以上審究した諸般の事情を考えると、相手方らの本件建物建築工事は一応その工事着手直後に発効した容積制限の範囲内と同一である三階部分までに止め、四階部分以上の建築は、抗告人らが共同して七日以内に金一〇〇万円の保証を立てることを条件としてその本案訴訟の完結までこれを中止させておくことが相当である。相手方らとしても、右の限度内での本件建物の建築ができれば、当初の計画ほどではないとしても一応本件土地取得の目的を達しうるものというべきである。

なお抗告人らは相手方らの民法二三四条一項違反建築の責任を追及し、現に建築された本件建物の柱、外壁又は外階段につき土地境界から五〇センチメートルに満たない部分の取毀しを求めているが、これは本件建物全体が三階以下に押えられれば特に本件仮処分でこれを命ずるほどの緊急性に乏しくなるものと考えられ、この部分は、その必要を認めえないものとしてこれを却下すべきである。

七よつて抗告人らの本件申立を右の限度で認容し、その余を却下することとし、これと異なる原決定はこれを右の趣旨で変更すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(浅沼武 加藤宏 園部逸夫)

当事者目録

抗告人(1) 赤川秋子

外七名

右八名代理人 瑞慶山茂

外五名

相手方 石井徳行

同         高砂建設株式会社

右代表者 中野甚三郎

右両名代理人 秋山昭一

物件目録<省略>

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